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珊瑚の首飾り

月刊ウインド1997.3 連載エッセイ『眠れない夜、君のせいだよ。』第12回(最終回)
雑誌『月刊ウインド』(新潟市民映画館シネ・ウインド)1997年3月号掲載
1996年4月-1997年3月 全12回

映画のことばかり考えて眠れなかったわたし。当時、わりと人気の連載だったのだとか。映画『クラクラ日記』のコンセプトを語るいちばん軸になるテクストである。ここに初ウェブ公開する。


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眠れない夜の最後は、映画『クラクラ日記』の話をしよう。
なぜって、まだこの世に存在していないこの映画が、
わたしとシネ・ウインドを結ぶ「きずな」だから。

     *

『クラクラ日記』とは、
坂口安吾の奥さん・坂口三千代が安吾との結婚生活をつづった、
小説風エッセイ。これを映画化したいと思いつづけて、
もう7年目になってしまった。
27歳だったわたしも、もうすぐ33歳になる。

なぜ実現に時間がかかるのか。
ジャッジをする人が、どうも、「文芸もの」のレッテルを貼って、
なかみに踏み込んでくれないからみたいなのだ。いわく、当たらぬ、と。
五社英雄の『亀龍院花子の生涯』や深作欣二の『火宅の人』みたいなヒットがあったじゃないの。
悪いジャンルじゃないはずなのにねえ。

しかも誤解を恐れずに言えば、
安吾は「文芸の人」というより、むしろ「ロックの人」なんじゃないかと思う。
同時代作家にやたら批判的だったのは、
安吾のもつ先進的ロック性がダサい奴らを許さなかったんだろうし、
無頼派ってそういうことでしょう。
ライク・ア・ローリング・ストーン。

まだこの世にロックがなかったころ、
安吾はドラッグにはまってバッド・トリップくらいながらも、
グル−ヴィな文体で音楽のような作品を生み出していたってことじゃない?
  彼の文体特有のうねりがグルーヴ。
安吾のこころとからだのなかには、世界同時多発的なロックの胎動があった。
こんなこと言っている人はわたしのほかにいないけど、
でもそういうことでしょう?

映画『クラクラ日記』は、原作に忠実に、
また安吾がエッセイに書き残したことなども参考に映画化する。
ロック以降の世界を生きるわたしたちが、
剥きだしの安吾、
生きている安吾の「あたらしさ」に出会うためだ。

この「あたらしさ」の前には、
「文芸もの」「作家の伝記」なんてちっぽけな枠組みはふっとんでしまう。
そこには、ただ、
世界的な新時代のグルーヴを孤独に内蔵するめちゃくちゃあたらしすぎる男と、
それを直感的に感じとって、
「この先この人はどうなるんだろう! 最後の最後まで見ていたい」
という好奇心でいっぱいに生きる女と、
そんなふたりの恋愛感情があるだけで、
たまたまそれが安吾であり、
三千代だっただけではないだろうか。

だからこの映画は「文芸もの」ではない。
べつに、ロック映画でもない。
ロックとしてシャウトするというよりも、
むしろ「とびきりのラヴ・ソング」として口ずさみたい。
なぜなら、『クラクラ日記』とは、50年前の恋人たちが贈る、
わたしたち、そして21世紀の恋人たちのための
「あたらしいラヴ・ストーリー」だからだ。

     *

『クラクラ日記』のなかの安吾の最後のエピソード。
安吾は取材旅行から帰ってきて、三千代に珊瑚の首飾りを贈る。
なのにその2日後、なんの前兆もなく安吾は倒れ、
そのままあっけなく亡くなってしまう。

かつて子どもを産んだ三千代に、安吾はこう言う。
「俺の仕事の限界は判ってるんだ。
この子は何者になるか判らない。
俺よりもこの子を産んだおまえのほうが偉いね」。
敗北宣言。女性性をつらぬくことへの敗北。
しかし彼は、マチョイズムに開きなおることなく、
真摯に創作をつづけた。

「限界は判っている」。
この繊細さ、フラジリティ(壊れやすさ)は、たとえば、ジョン・レノンに似ている。
ジョンとヨ−コの『ハッピー・クリスマス(戦争は終わった)』という歌は圧倒的にうつくしい。
それと同時に、圧倒的に無力なのだ。
いくらジョンが「ウォ−・イズ・オーヴァー」と歌っても、
マチョイズムがあるかぎり、
戦争が絶えることなどあり得ないからだ。

そんな安吾の繊細さ、フラジリティをつらぬいた到達点が、
珊瑚の首飾りなのではないだろうか。
薄いピンク色のやさしさ。
赤いハイヒール(彼はかつて赤いハイヒールを贈った。
それは女性を美しく輝かせると同時に、
女性を拘束する器具としての強い意味ももつ)のもつ意味性を削ぎ落とした、
ニュートラルなプレゼント。

わたしたちは、
珊瑚の首飾りを贈ることができるだろうか。
そんな恋愛ができるのだろうか。
映画『クラクラ日記』が、
あなたへ贈るやさしい色の珊瑚の首飾りになりますように。

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雑誌『月刊ウインド』についての情報は、
新潟市民映画館シネ・ウインド へどうぞ。
(2001/02/06)
原作本はこちらで購入できます。
クラクラ日記 ちくま文庫
(2002/05/07)
深くかかわる、おすすめ図書です。
坂口三千代『追憶 坂口安吾』(筑摩書房, 1995年)
坂口三千代『ひとりという幸福』(メタローグ パサージュ叢書, 1999年)
坂口綱男『安吾と三千代と四十の豚児と』(集英社, 1999年)
七北数人『評伝 坂口安吾 -- 魂の事件簿』(集英社, 2002年)
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坂口安吾『青鬼の褌を洗う女』(講談社文芸文庫, 1989年)
(2002/11/18)


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(2002/11/18)


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